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作品bP5651

河井寛次郎
「青瓷盃」

河井敏孝箱

KAWAI Kanjiro / SAKE cup

河井寛次郎「青瓷盃」河井敏孝箱[KAWAI Kanjiro]Sake cup
河井寛次郎「青瓷盃」河井敏孝箱[KAWAI Kanjiro]Sake cup
河井寛次郎「青瓷盃」河井敏孝箱[KAWAI Kanjiro]Sake cup
河井寛次郎「青瓷盃」河井敏孝箱[KAWAI Kanjiro]Sake cup

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河井 寛次郎KAWAI Kanjiro

  • 1890年 島根県安来に生まれる。
  • 1910年 東京高等工業学校入学。
  • 1920年 鐘渓窯で自分の作品制作開始。
  • 1937年 自らの設計で自宅を建築。
  • 1955年 文化勲章辞退。
  • 1966年 76歳で死去。
  • 無位無冠の陶工ですが、世界的に評価は高く
    木彫、金工、随筆と多彩な才能を発揮し
    近代陶芸界に大きな業績を残した日本を代表する名工です。
    初期は中国・朝鮮古陶磁の技法に独創性を加えた作品で新人ながら脚光を浴び、のち「用の美」を意識した暮らしの中に溶け込む作風へと転換。
    晩年も新たな分野に挑戦し、自身の心の内を陶芸という形にとらわれることなく自由に表現しました。
    どの時代の作品も完成度は高く、今なお人々を魅了し続けています。
  • 鐘渓窯とは京都五条坂にある河井寛次郎が開いた登り窯で現在も寛次郎記念館に現存する。1920年にこの窯で制作を始めた寛次郎は
  • はじめは作品に鐘渓窯 の印を用い作品に押印し発表していたが柳宗悦らと出会い、いわゆる「民芸」の作品を制作するようになると作品には銘を入れなくなってゆく。
  • 鐘渓窯 の印を用いた時代はわずか3年程といわれており、寛次郎は
  • 酒器の制作数も大変少ない為、本作の希少性をより高めている。
  • 縁の部分にあえて釉薬を掛けずに景色としているのも見所のひとつと
  • なっている。大正時代制作の類品のとても少ない作品となっている。
高さ/Height 3.3cm
幅/wide 5.4cm
高台内に印「 鐘渓窯 」
価格/Price 御約定
Sold
作品は1点限りとなります。ご注文の際、タイミングによっては売約済みの場合がございます。
とても心苦しく申し訳なく存じますが、なにとぞご理解賜りますよう謹んでお願い申し上げます。